標津町の概況 >>より詳しく・・・標津町の語源・沿革・地勢・人口データ

 標津町は北海道の最東端、根室支庁管内の中心部に位置しています。本町を中心にちょうど両腕を出すように、左手に日本最後の秘境といわれる知床半島が、右手にはノサップ岬を先端とする根室半島が延びています。正面はオホーツク海に面し、洋上わずか24km先には近くて遠い島国後島が、その大きな姿を見せています。

また、日本一の砂嘴(海岸から沖に出た砂の陸地)野付半島が本町を基部として延びているほか、背後に広大な牧場が広がる根釧原野を擁するなど、本町は風光明媚な地です。

○面積・地形・人口

 町の面積は624.49kuで、そのうち森林面積が428.41kuと68%を占めています。地形は知床連山からオホーツク海に緩慢な傾斜をもって広がる原野で、中央部を標津川が悠々と流れています。(面積は東京都23区(621,15ku)とほぼ同じです。) 人口は昭和40年 8,051人(国勢調査)をピークに減少を続け、平成22年には5,646人(国勢調査)となっています。さらに現在は、全国的傾向である出生率の低下や官公署の統廃合、若年層の流出などにより、住民基本台帳では5,600人前後の状況が続いています。

○まちの生い立ち

 本町の開基は、明治12年に標津外6ヶ村戸長役場が置かれたことに始まり、大正12年に戸長役場を標津村役場と改称しました。その後、昭和21年に中標津村が分村し、昭和33年に町制が施行されました。そして、平成11年に120年を迎え、今に至っています。

○"豊かな森林の恩恵を受け、発展してきた酪農と漁業"

 標津町は古くからサケを中心とする漁業により開けたまちである一方、明治時代後半から大正時代にかけて、入植者により開拓されました。そして、現在でも豊かな海と大地を生かした「生産の町」として発展してきました。最近の国際情勢や国内経済の動向を受けて、第一次産業は厳しい経営環境にあるものの、これらの問題や厳しい自然条件を克服し、漁業・酪農業とも比較的安定した経営を続けています。

 「シベツ」の語源はアイヌ語で「サケのいるところ、大川、または本流」の意味です。早くからサケ・マス、ホタテ等の増殖事業に取り組み、秋サケの水揚げは日本一を誇るまでになっています。より安定的な漁業経営を行うため、周年操業体制の確立を目標として、栽培漁業をいっそう推進しています。(数値は平成24年)

 標津川流域は、その母なる川がもたらした広大で肥沃な大地が広がり、大型酪農を営む基盤となっています。家畜糞尿を最大限に活用した資源循環型酪農(有機低コスト酪農)を目標として、クリーンで低コストの酪農を推進しています。(数値は平成24年)

 これら標津町の基幹産業と住民生活を支える森林はかけがえのない財産です。多くのサケ・マス増殖河川、耕地を守り、住民生活に潤いとやすらぎをもたらしています。標津町ではこれからも多くの公益的機能をもつ森林を積極的に守り育てていきます。

空からみた標津町

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標津町の語源・沿革・地勢・人口データ

(1) 標津町の語源

標津町はアイヌ語で「シ(大きい) ベツ(川)」を意味しており元禄年間に松前藩から幕府に差し出された絵図には「ちべ内」と記され、明治2年に標津の漢字が当てられた。

(2) 標津町の沿革

本町の開基は、明治12年4月に標津外6ヶ村戸長役場が置かれたことに始まり、明治17年には野付郡茶志骨村を編入し、同19年に根室支庁管轄となっている。明治34年には「植別村」(現在の羅臼町) が分離独立し、大正に入ってからは12年に戸長役場を標津村役場と改称している。 昭和に入ると、6〜7年の大凶作、12年の国鉄標津線開通(平成元年4月29日廃止)20年の終戦を経て戦後の21年に「中標津村」が分村、33年に標津町となり現在に至っている。

(3) 標津町の地勢

北海道の最東端、根室支庁管内の東北部に位置(東経145°15′北緯43°28′)し、東に根室海峡、その水平線上に北方領土・国後(くなしり)島を臨み、北は羅臼町、南は中標津町及び別海町、西に千島山脈を境として網走管内斜里町及び清里町にそれぞれ接している。 地形は、千島山脈よりオホーツク海に緩慢な傾斜をもって展開する原野で、内陸の酪農とオホーツク海沿岸の漁業を主幹産業としている。 気候は、春から夏にかけて霧の発生が多く、夏は冷涼多湿となるが、秋から冬は比較的日照日数も多くなり、降雪期間は12〜4月初旬である。平均気温は、6℃(5〜9月15℃)前後で、概ね夏は温暖な気候である。

(4) 標津町の面積

624.49平方キロメートル (山林原野その他73.6% 畑地19.3% 牧場5.9% 宅地0.6% 雑種地0.6%)

(5) 標津町の人口

1.世帯数・人口 (単位:戸,人)

区分 世帯数 人口
平成7年国勢調査 2,579 7,087 3,568 3,519
平成10年4月1日現在住民基本台帳 2,313 6,523 3,160 3,363
平成11年4月1日現在住民基本台帳 2,323 6,482 3,158 3,324
平成12年4月1日現在住民基本台帳 2,324 6,427 3,112 3,315
平成17年4月1日現在住民基本台帳 2,346 6,137 2,995 3,142
平成22年4月1日現在住民基本台帳 2,235 5,646 2,744 2,902

2.年齢別構成比 (単位:%)

区分 0〜19才 20〜39 40〜59 60〜79 80以上
平成2年国勢調査 27.9 26.5 29.6 14.3 1.7
平成7年国勢調査 23.8 26.0 30.5 16.9 2.8
平成12年国勢調査 21.8 23.6 30.1 20.6 3.9
平成17年国勢調査 - - - - -
平成22年国勢調査 18.4 21.2 27.3 26.2 6.9

3.産業別人口(単位:%)

区分 第一次産業 第二次産業 第三次産業
平成2年国勢調査 (60.0)
3,867
(14.5)
934
(25.5)
1,645
平成7年国勢調査 (29.7)
1,177
(28.4)
1,126
(41.9)
1,662
平成12年国勢調査 (30.1)
1,046
(22.3)
773
(47.6)
1,655
平成17年国勢調査 - - -
平成22年国勢調査 (32.7)
1,005
(14.9)
518
(50.4)
1,552

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