―金山の謎の財宝― 朝日さす夕日さす

 むかし、むかし、ソーケショマナイ川が忠類川に合流するところに、アイヌの立派なチャシがありました。まわりは崖でけわしく、要さい堅固をほこっていました。川には魚がたくさん上り、川の幸や、山の幸に恵まれたチャシでありました。そして、近くには滝もありました。

 ここのアイヌ村の酋(村)長は、ヨコウシという名前でした。ヨコウシはたいへんなお金持ちでした。大昔、忠類川の水がかれて、滝壺の水も干上ったことがありました。ヨコウシの先祖は、滝壺の底に金の塊がゴロゴロ転がっているのを発見し、大富豪となりました。

 この話は近辺一帯の村々にすぐ伝わり、悪い人達は、すきがあったら金をなんとかうばおうとしていました。ヨコウシ村長の先祖は、代々この宝とチャシをしっかりと守りとおし、平和な時代が長く続いていました。ある時、ヨコウシ村長の代に困ったことがおこりました。

 北見のサツリー村長は、ヨコウシ村長とはいつも意見があわず、いつも、仲たがいしてしまいました。その上、よこしまな心が強く、いつかヨコウシの村をほろぼして、ヨコウシの宝物をとりあげてやろうとすきをねらっていました。

 ヨコウシにはソキリコという一人娘がおりました。気だてがよく誰からも好かれました。話し声は鈴のようにかわいく、しかも、根室、釧路、十勝、北見地方で一番の美人と村の人びとが自慢するほどでした。

 ヨコウシは、ソキリコを大事に育てました。年ごろになると「うちの息子の嫁に下さい。」「ぜひぼくのお嫁さんになって下さい。」四方八方から申しこみが続きました。

 ヨコウシと仲の悪い北見のサツリー村長にウットロという息子がいました。サツリー村長は、ただべたべたとかわいがって育てたので、非常にわがままな息子になっていました。

 ソキリコの噂をきき、ソキリコを一目みたウットロはたちまち大好きになってしまいました。「ソキリコさんをお嫁さんに下さい。」ウットロは何度も何度もヨコウシに頼みに来ました。でも、いつも「だめです!」ことわられておりました。

 ソキリコには好きな人がいました。チャシコツの村長の次男ワッカオイと大の仲よしでした。ワッカオイも好男子でみんなからも好かれていました。

 やがて二人は結婚することになり、よい日を選んで、ソキリコはお嫁に行くことになりました。村の人たちもよろこんで、お嫁入りの日は、おおぜいの人がチャシコツへお祝いに出かけました。はなやかで楽しい行列でありました。

 ソキリコの婚礼に、ヨコウシの村人がチャシコツへ出かけたことを知った北見のサツリー村長は、息子のウットロと共に大軍勢をひきつれてヨコウシ村長のチャシへ攻めてきました。

 サツリー村長はヨコウシの宝物をうばおうと思い、息子ウットロはソキリコが自分のお嫁さんにならなかったことがうらめしく、仕返しをしようとしたのです。

 見はりはすぐにヨコウシに知らせました。ソキリコやワッカオイにわからぬように、急いでチャシコツからもどってきましたが、村に残っていたのはおもに老人や子どもで、強い者はチャシコツへ婚礼のお祝いに出かけて留守でした。ヨコウシ村長は勝つ見込みがないとあきらめて、残っていた村人にすぐ仕度をさせてソーケショマナイ川の奥へ逃がしました。そして、いざという時のために用意していた滝のそばの深い穴の中に、先祖代々守ってきた全財産を誰にもわからないように埋めてしまいました。

 いよいよ北見の軍ぜいの攻撃が始まりました。チャシに一人残ったヨコウシ村長は、軍ぜいがすぐ近くまできた時、チャシにある建物すべてに火をつけました。チャシがすっかり火につつまれたとき、ヨコウシ村長は堂々と一人火の中に消えて行きました。ソーケショマナイ川の奥へ逃げた村人、ソキリコの婚礼へ行った村人はみな無事でした。

 ヨコウシ村長が埋めた財産は、それ以来どこにあるかわからないままになりました。埋めた場所をとく手がかりは「朝日さす、夕日さす」という言葉であると人びとは語りつぎました。この手がかりをといた人はまだ誰もおりません。

 後に、このできごとのあったソーケショマナイ川が忠類川に合流する付近を人びとは「金山」と言うようになりました。

  • 解説
この話は中標津町養老牛の西村武重氏が、大正七、八年頃ルベス駅逓所でラウシおじいさん(アイヌ)から聞いた話で、著書「北海の狩猟者」の中に書かれています。ルベスも伝説の場所も標津から斜里へ向かう国道二四四号線の途中です。

 西村氏は、大正時代に今の中標津中心に狩猟をしました。養老牛温泉を始めたり、俣落から温泉までの道を作ったり、駅逓をした方です。「ヒグマとの戦い」、「原野とヤマベ」、「養老牛の今昔」、「曠野の人脈」の著書があります。昭和五八年に亡くなられました。
 
  • 参考図書
標津のむかしばなし ふるさとねむろの豆ほんシリーズ3「伝説・海鳴りの彼方に」より 1991年発行 文・本田克代 絵・清水克美
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